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2020年2月28日 : 新型コロナウイルスと断食
 日本人の平均体温が戦後急激に下がったといわれます。
 1957年には36.89度、2008年には36.14度という調査があるようです。わたしの道場(マクロビオティック和道)でも合宿や研修に参加される方すべてに体温を計ってもらっていますが、来られた初日には平均35.98です。
 道場へは持病があり体質改善を目的に来られる方が多いので、現代の日本人の平均体温より低いのですが、平均的な日本人の体温も、もはや健康的とはいえないレベルにあります。
 ちなみに道場での研修を終えるとたった数日でも平均的に36.3~36.5まで体温が上がるのです(2017年の調査)。これは断食と温熱の手当て、そして運動と呼吸、さらには回復食における食事が体温を上げている大きな証拠になっていると考えています。
 新型コロナウイルスの報道に拍車がかかっています。世界七大陸のうち、南極を除いた六大陸に新型コロナウイルスが上陸したというのです。私は未だに新型コロナウイルスに罹った人の手当てをさせてもらっていないので、その実態は把握していませんが、報道からの情報だと、新型コロナウイルスで亡くなった人たちは何らかの持病を持った人たちだというのです。
 新型コロナウイルスよりも、現在はインフルエンザウイルスで亡くなる人の方がずっと多いといわれていますが、インフルエンザウイルスでも同じように何らかの持病があって免疫力が落ちている人が重症化しているのです。
 病原菌といわれる、結核、ペスト、コレラ、赤痢などは抗生物質の登場で劇的に減少し、今では罹る人は少なくなったといわれます。しかし、これらの菌は抗生物質への耐性を獲得した耐性菌へと変化し、私たちに再度襲い掛かってきているというのです。
 新型コロナウイルスも、何らかのウイルスの変容した姿ではないかと私は考えています。
 病原菌と抗生物質の関係と同じように、ウイルスも抗ウイルス薬で死滅させたとしても、いずれ耐性を獲得したウイルスが出現するのです。悪者探しをする現代医療では、病気を真に克服することはできません。
 私たちの命の実態は、共存と調和です。共存し、調和してはじめて、共栄することができます。
 医療だけでなく、悪者探しの社会では、共に栄えることは難しい。
 ウイルスと共存できる日本人の体温は、平熱で37度弱になるでしょう。ウイルスを怖い怖いと避けて暮らすのではなく、ウイルスと共存できるような体を造っていくことが一番大事なのです。
 世界的に各国の政府が国民に自粛要請を出していますが、自粛よりも免疫を上げる取り組みを推奨する方が先ではないでしょか。自粛が心身の萎縮に繋がっては、かえって免疫力を落としてしまいます。
 先にも触れたようにしっかりした断食をすれば体温は数日で高まります。免疫力を上げる方法はたくさんあります。ウイルスの伝播よりも恐怖心の拡散の方が怖いものです。
 日々の食養生活と時々の断食は、免疫力を高め、生命力を向上させます。自分の中心軸が確固たるものになります。自らの中心軸ができるとウイルスや細菌と協和し調和することできます。その先に、人間同士、または自然と人間の共存共栄があるのです。 令和2年2月28日 磯貝昌寛

2020年2月4日 : 新型コロナウイルスと食養
 連日、新型コロナウイルスの話題で持ちきりです。
 師の大森英桜(1919-2005)は21世紀はウイルスの時代だと生前事あるごとに言っていました。
 20世紀前半までは感染症においては細菌が中心でした。結核菌、ペスト菌、赤痢菌などはあまりに有名です。
 抗生物質の登場で細菌感染における死亡率は急激に少なくなったのですが、現在はその耐性菌が問題になりつつあるようです。
 とはいえ、現在は耐性菌よりも新型コロナウイルスの問題が急務です。
 新型コロナウイルスだけではありませんが、病原ウイルスは私たちの体のある種のたんぱく質をエサに増殖します。
 鳥インフルエンザが豚インフルエンザよりも強毒性があるといわれるのは、鳥インフルエンザは40度以上の発熱を伴うからだと言われています。それに対して豚インフルエンザでの発熱は38度ほどだというのです。
 これは鳥(鶏)と豚の体温とほぼ同じです。
 食養的にみると、鶏肉をたくさん食べて鶏のたんぱく質から造られた細胞をたくさん有していると鳥インフルエンザに罹りやすく、豚肉をたくさん食べて豚のたんぱく質から造られた細胞をたくさん有していると豚インフルエンザに罹りやすいと食養では考えています。
 もちろん、これらの肉類をたくさん食べていても、免疫力の高い人は大丈夫ですが、免疫力が落ちていて、過去の蓄積がたくさんあるようだと、これらのインフルエンザに罹ってしまうと思うのです。
 新型コロナウイルスの全容がまだつかめていませんから断定的なことは言えませんが、病原ウイルスに変わりないので、過剰な動物性の摂取は控えることでしょう。
 そして、免疫の七割が集まるといわれる腸の状態をよくすることです。快食快眠快便であれば、どんなウイルスであっても怖くありません。
 むしろ、ウイルスは体の中の不要なたんぱく質をエサにしてくれているわけですから、有難い存在であるのです。
 ウイルスに恐怖を感じ不安におののくよりも、体の中をきれいにしてくれてありがたさを感じている方が、精神衛生的にも免疫力を高めてくれるものです。
 食養的なウイルス対策は、腸の調子を整えるのに本葛を使うことをおすすめします。くず湯やくず練りが食養の代表ですが、リンゴジュースでくず湯やくず練りを作ってもいいでしょう。
 そして、過去にたくさん動物性を食べてきた人は、シイタケスープや野菜スープも飲んでみたらいいです。干しシイタケと干しマイタケをブレンドして煮出したスープもいいでしょう。これらのスープに大根おろしや生姜おろしを入れてもいいでしょう。おいしく感じるものを見つけてみてください。「おいしい、気持ちいい、心地いい」ことが免疫力を高めてくれます。
 また、今現在の情報では、新型コロナウイルスはそれほどの高熱にならずに咳を伴うようですから、食養的には強い陽性があるものではないかもしれません。そういった場合はネギみそやねぎ入りのみそ汁、上記に書いたスープ類に玉ねぎを入れて煮込んだり、長ネギを刻んで好みの醤油やみそで味付けしてもいいとおもいます。
 ともあれ、私たちの生命力はそうやわなものではないので、無用に不安になることはありません。お腹を温め、腸内環境を良くしておけば、どんな病もありがたく感じる心になっていくものです。
               令和2年2月4日 立春 磯貝昌寛
2019年12月20日 : 大森英桜・言行録「変わらないとは変化しているということ」
 「変われば変わるほど変わらない」という諺がフランスにあります。時代が変わっても物事の本質は変わるものではない、という哲学的な言葉ですが、食養的、無双原理的に考えてもおもしろい。
 マクロビオティックな生き方は、体と心にヨドミを作らないことにあります。胃腸などの臓器に負担をかけず、血液の流れを滞らせず、東洋医学で云われる「気血水」の流れをスムーズにする生活法がマクロビオティックです。
 桜沢如一は健康の七大条件で「万事スマート」と云いましたが、体の中に滞りがあったら本当のスマートは実感できません。
 心身ともにスマートであるということは、体の細胞の入れ替わりが順調で滞りないことを示しています。マクロビオティック実践者は年をとっても若々しい人が多いですが、体の中の細胞の変化がスムーズであるからでしょう。
 年相応、あるいは年齢以上に老けて見えるのは、細胞の代謝がわるく、変わらない細胞が過剰に蓄積されているからです。フランスの諺とは逆に、「変わらないから変わってしまう」というのが老いの真相。人生は生老病死を免れることはできませんが、フランスの諺のように「変われば変わるほど変わらない」を実践するのがマクロビオティックといえます。
 病気を治し、健康を増進し、平和を導くのは、根気のいることです。一朝一夕に成し遂げられるものではありません。むしろ、健康や平和は一生求め続けるものであるのかもしれません。求め続け、心身ともに変化に挑戦し続けていくことが人生の醍醐味です。病は体の中の革命です。心身の変化が病として表れているのだから、「変われば変わるほど変わらない」の序章が病です。
 病に悲観することはありません。病はむしろ、健康と若さのプロローグです。この世の本態は変化です。変わらないものはありません。病は健康の入り口であるから、その入り口を閉ざすことなく、健康への道をただ黙々と歩んでいけばいいのです。
(大森英桜・言行録「変わらないとは変化しているということ」を2002年10月に磯貝昌寛が解説しました)
2019年10月7日 : 笑顔の習慣
 習慣とは大事なものです。笑顔の習慣がないと自然に笑顔が出てきません。顔の筋肉も、他の筋肉と同様に、日々習慣的に使っていないと硬くなってしまいます。ニコッと笑う習慣が身についたならば、顔の筋肉は柔らかくなり、肌の血行もよくなり、若返り、美人になります。美しい人というのは男女とわず、血行がよい人と言ってもよいでしょう。
 わたしは数多くの人の望診(食養相談)をさせていただいていて、笑顔の習慣のある人に肌の艶がよくキレイで、笑顔の習慣のない人にシミそばかすが多いのに気づきました。笑顔になることによって顔の血行がよくなり、顔だけでなく全身の血行がよくなるために、シミもそばかすも消えてゆくのでしょう。もちろん血液がキレイであるから血行が良くて笑顔が絶えないということでもあります。笑顔と血液循環は相関的なものです。
 笑顔は最大のお布施といわれます。人によい気分を与えているのです。赤ちゃんや子どもの笑顔に触れると、何とも言えない幸せな気分になります。笑顔はさらに、人に喜びや幸せを与えているだけでなく、自分自身に最大最高の健康と幸福をもたらせてくれます。笑う門には福来るです。笑顔ひとつみてもこの世とは自他一体であることに気づかされます。笑顔で幸福を与えていながら自分に返ってくる健康と幸福。なんと素晴らしいものかとおもいます。
 食を正してキレイな血液を流したならば、笑顔が自然に出てくるのですが、凝り固まった顔の筋肉を解すのは簡単なことではありません。作り笑顔でもよいでしょう。からだが本当にキレイになったならば意識せずとも笑顔が出てきます。同時に本当にキレイになったならば意識せずとも正しい食をしています。意識して正しい食をするのは、誰しもみな最初はそうです。笑顔もまったく一緒です。作り笑顔がそのうちに本当の笑顔になってきます。正しき食は顕在意識から潜在意識、そして超意識まで、すべてを浄化してくれます。
 想いが先か食が先か、これはオモシロイ問題です。
 どちらが先かは人によって違います。心の鍛錬から食が正される人もいれば、食を正して心が鍛えられ磨かれる人もいます。人によって入り口は様々です。しかし、どんな入り口からであっても、人は笑顔という最高のお布施を自他に与えて生きていけるかどうか、それはどんな出口にも共通することでしょう。入り口はどこであっても、健康と幸せの出口が一つであることは、おもしろいことです。
2019年9月9日 : すべてはひとつ
 食とは何かをあらためて考えてみました。
 日に何度も人は食べものを口に運びます。口に入った食べものはからだの神秘的なはたらきによって人の細胞に転化されます。この世に生まれて、一切の食を摂らずに生きている人は誰もいません。例外なく人は食物を食べています。
 ある昼下がり、わたしは弁当をいただきながら、食とは一体なんだろうと、しみじみと想ったのです。
 そう、食は人が自然とつながっていることを一番身近で教えてくれているものだということに気づいたのです。食物を育てる人、食物を流通する人、食物を食品に加工する人、食物・食品を販売する人、料理をする人、そして食べる人。みな食物・食品を通じてつながっています。
 繋がりはもっともっと深い。食物は土と太陽と水の産物だから、人は土にも太陽にも水にもつながっています。太陽は地球に不断に光を降り注いでいます。大地は何億年をかけて地球の中を隆起しては沈降してを繰り返しています。まさに壮大なる陰陽で大地は動いています。水は大地よりもずっと速いスピードで世界を巡り、さらに早く天地を巡っています。
 自然は常に絶え間なく変化しています。変化の流れの中から生まれた食物によってわたしたちは命を繋いでいるのです。この世はすべてがつながっている。自然界に壁はなく、今ここでも、皆さんのいるそこでも、同じ空気が流れています。呼吸は空気を通じてみなが繋がっていることを教えてくれます。人は出会った時に握手をしたり、抱き合ったりします。これも私達生命はみなつながっていますよ、ということ。
 食はすべてが繋がっていることを様々なことで教えてくれます。健康であれば、人が自然と正しくつながっている証拠。一方で病は、自然と正しくつながっていないことの警告でもあります。自然との正しいつながりを健康と病が教えてくれているわけだから、病と闘ったり、病を排除しようという姿勢では決して本当の健康が訪れません。
 食正しければ、この世はすべてが繋がっていることが体感できます。自他一体がこの世のマコトの相(スガタ)と食から教わることができるのです。もちろん食からだけでなく、呼吸からも掃除からも家事からも、どんな仕事からだって知ることができます。どんなことからもすべては繋がっていると体感できるのです。