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2021年1月5日 : 鍛錬の年
 あけましておめでとうございます。
 昨年からのコロナ騒動はまだ先が見えず、コロナによる自粛生活が今後数年続くのではないかという意識が私達の中にすでに定着しつつあるのではないでしょうか。マスク着用が日常になり、毎日、目や耳に飛び込んでくるコロナ情報で私達の脳は非日常が日常になった現実を淡々と受け止めています。新型コロナウイルスという、本当にわけのわからないものによって、私達の生活は大きく揺さぶられています。密集地でのマスク着用は半ば義務になっていますが、これから出てくるコロナワクチンも、条件付きとはいえ義務的になっていくだろうということは想像に難しくありません。
 私は二十歳で食養生活をはじめて以来二十四年間、ワクチンはもとより一切の医療行為を受けていません。医療費の負担を日本国にかけたことがないのです。
 七年前までは医療制度そのもの、日本の医療に対する考え方そのものに反対する意味も込めて、医療保険に加入していませんでした。しかし、子どもたちが成長するにつれて、子どもたちの社会活動を円滑に進めていくには、制度の中に入らないと難しい面が多々出てきました。和道の活動も宿泊を伴ったものですから、保健所の許可を得ています。社会の中ではどこかで折り合いを付けて行かないと事が進まない現実に直面したのです。
 これらの事情で七年前からは医療保険に加入し、毎年それなりの負担をしています。とはいえ、わが家では食養生のお陰で大きな病気をしませんから、医療費にお世話になることがないのです。四年前に九十一才で亡くなった祖母も亡くなる直前まで十年以上も病院とは無縁でしたから、毎年敬老の日になると自治体から医療費抑制に貢献したとして表彰されていました。
 不思議なことに健康保険税を負担するようになってからは、医療関係者との交流が盛んになって、医学博士の先生たちともコラボ講演などをさせていただく機会が増えたのです。わが家の健康保険税は、ある意味においては交際費としての面が多分にあります。昔から無駄なお金はないといいますが、本当にそうだと実感します。
 コロナで重症化している人の大半が基礎疾患がある人です。ワクチン購入に使う費用の何十分の一でも、マクロビオティックな食養生を普及する費用に当てたら、国民の健康度は上がって、コロナだけでなく感染症そのものへの抵抗力が増すと思うのです。
 マクロビオティックに出会うというのは、多くの人が何らかの肉体的精神的不調があることが多いですから、食養生を始めて間もない頃は、健康への道はなかなか遠いと感じるかもしれません。しかし、数年もそれなりに実践していくと、もの凄く元気になっていきます。何年も実践していても一向に心身の調子が上向かないというのは、どこかに間違いがあるかもしれないので、そういう方は早くに食養生の指導を受けた方がいいでしょう。
 コロナワクチンの接種は全国民への義務化にはならないと思いますが、半ば義務的な風潮になっていくのではないかと思います。そんな中で自分の生き方を貫いてくのは簡単なことではありません。体調が安定しなければ、心も不安になりますから、社会の流れに乗った方が楽に思えてくるかもしれません。
 しかし、私達は視野を大きく持てば、ウイルスは宿主である私達を死に至らしめることはないのです。新型コロナウイルスであっても、宿主である私達には長く生きていてほしいのです。ウイルスは宿主抜きには生きていけないのです。早急にワクチンで強制的に免疫力をつけなくても、自然にしていればいずれ免疫力を獲得するのです。インフルエンザウイルスに関しては、ワクチンで免疫力をつけるよりも、自然についた免疫力の方がずっと強くて長持ちするという疫学的データがあります。
 今年は新型コロナワクチンが日本でも出てくることでしょう。国により国民の意識に温度差がありますから世界では一様ではありませんが、新型コロナワクチンへの警戒度は世界的にひじょうに強いと感じます。私もこれまでと変わらず、医療費のお世話になることなしに生きていく覚悟です。
 昨年はミネルヴァ書房から『自然治癒力を高めるマクロビオティック基礎編』を出版しました。今年は引き続き『実践編』が間もなく出版予定です。実践編には新型コロナウイルスに代表される感染症のことを一章丸々載せています。ガンについても一章丸ごと書いています。実践編のタイトルは『運命を開く断食』。断食によるガンへのアプローチ、断食と感染症の意外な関係にも触れています。
 今年はコロナ、ワクチン、経済の低迷が三重にありますが、辛抱忍耐、鍛錬の年と思って過ごすのが賢明ではないかと思います。心身の鍛錬は始める前は辛いと感じますが、始めてしまえばオモシロク、心身が活性化しているのを感じると喜びに転化するものです。本年もどうぞよろしくお願い致します。 令和3年1月5日 磯貝昌寛
2020年12月7日 : 自然治癒力を高めるマクロビオティック
 すっかりお知らせが遅くなりましたが、今年の8月に新著を出版しました。タイトルは『自然治癒力を高めるマクロビオティック基礎編』(ミネルヴァ書房)。
 食養に出会って30年、大森英桜先生、一慧先生との出会いから始まる食養人生は一風変わった愉快なものでした。父のようにお世話になった石田英湾先生がいなくては、今の自分はいないと深く感じます。「はじめ塾」の和田重宏先生、正宏先生に出会わなければ、和道という道場がイメージできませんでした。兄弟子の伊藤誠先生、國清拡史先生の食養指導の経験も大きな学びになりました。
 食養指導に携わって20年、この間に多くの人達に関わらせていただきました。仮死状態で生まれた虚弱な私は、病気への共感から、食養に救いを求める多くの人達と関わってきました。末期がんや難病といわれるALS(筋萎縮性側索硬化症)、多発性硬化症、関節リウマチ、膠原病、潰瘍性大腸炎など今もなお増えている病気の方々。うつ病、統合失調症などの精神疾患の方々。アトピー、喘息などのアレルギーの方々。不妊症の方々とも数多く関わってきました。
 関わった方々がみんな問題を克服していたら、それはまさに奇跡的なことです。残念ながら難しかった人たちもいるのが現実ですが、それでも、現代医療ではどうにもならなかった病気の方が回復することも少なくないのですから、食養の力には本当に驚かされます。現代では、日々の食養を基本に、時々の断食と塩断ちの実践が、体質改善には欠かせないものだと、ここ数年の食養指導で確信しています。多くの病気で、時々にでも断食と塩断ちを組み入れていかないと上手に回復していかないのです。それが難病になればなるほど大事になってきます。
 本書はこの20年で体験したこと、学んできたことを、私の食養人生の中間報告としてまとめました。副題は「正食医学の理論と実践」となっています。師匠の大森英桜から受け継いだ正食医学の現代的な応用を本書で解説しています。大森の遺した5つの体質論はまさに偉業だと、年を経るごとに感じています。5つ体質論は食養指導を深め、多くの人を救ってきたと確信しています。もちろん、陰と陽のシンプルでスマートな思考法がベースです。シンプルを示す、禅的な陰陽を基本に、5つの体質論を応用することが現代のマクロビオティックでは大切なのではないかとおもうのです。
 新型コロナウイルスの出現で、社会は大きな転換期を迎えています。身土不二を基本とする経済に近づきつつあります。一方、西洋の価値観と東洋の価値観が合流する、東西融合の新時代へも踏み込んだのではないかとも感じるのです。桜沢如一の遺した世界観に大きく一歩近づいたのが、今ではないでしょうか。東西の融合は、陰陽で考えるところの中庸ではないかと思うのです。この中庸の大切さを本書では数多く触れています。
 僭越ながら現代の食養・マクロビオティックの最先端の情報を載せています。多くの人の刺激になり、食養・マクロビオティックがより良き社会の一助になれば幸いです。


2020年7月27日 : ウイルスと人間
 人間とウイルスは本来、共存関係にあります。胎児の胎盤を作るのにもウイルスは重要な役割を果たしているようですから、私たち人間はウイルスなしには存在しえないのです。胎盤だけではありません。血液や血管、様々な臓器に至るまで、ウイルスの働きなしに人間は存在しないのです。
 ウイルスは宿主である動物に住み着いて命を継承していきます。細菌はエサがあれば自己増殖できるのですが、ウイルスは宿主がいないと生存できないのです。寄生した動物が死んでしまえばウイルス自らも死んでしまいますから、ウイルスにとっても宿主である動物には長生きしてもらいたいのです。ウイルスが生命の進化に不可避的であった理由がそこにあります。
 ではなぜ新型コロナウイルスは私たちの命を脅かす存在だと言われるのでしょうか?
 ウイルスと宿主には相性の良い悪いがあると言います。「宿主の壁」と言って、人間に適したウイルスと豚や牛、鳥、コウモリなど、それぞれの動物に適したウイルスは違うというのです。生物は昔から棲み分けをしてきたのには理由があったのです。この壁が低くなってしまうと、ウイルスは壁を乗り越えて、他の動物に安易に侵入するようになります。するとウイルス同士の生存競争がはじまり、かつウイルスと生物の適合反応が勃発するのです。生物にとってはそのウイルスを迎え入れるか、追い払うかの判断をしなくてはなりません。この時に私たちは様々な症状を発症するのです。それが、発熱、炎症、痰、咳、下痢、倦怠感など諸症状です。
 この時に、すでに体の中で症状が出ていたら、火に油を注ぐように、体全体がものすごい炎症を起こすでしょう。新型コロナウイルスが引き金になって亡くなっている人の多くが基礎疾患を持っているというのはこのような理由からです。
 宿主の壁を低くしてきたのが、家畜制度と肉食です。安易に想像できるように、異種動物である家畜が人間の近くに居れば、ウイルスは飛び越えやすいものです。さらにはその家畜を食べてしまったならば、ウイルスはさらに侵入してくるでしょう。昔から、家畜動物を神様に見立てて、清潔感を保ち、労働の手助けとして共に暮らしていたのは、宿主の壁をある一定に保ち、ウイルスの侵入を防いでいたと考えられます。さらに伝統的な宗教の多くは肉食を禁じているのは無秩序なウイルスの交換を防いでいたとも考えられるのです。聖書や仏典を読むと、「すべからず」が多いのですが、ウイルスとの関係を今回のように痛感すると多くが納得いくものばかりなのです。
 人間がウイルスと共存してくのには、人間本来の食性を基本とすることです。人間は穀食動物です。穀物と旬の野菜や海藻、伝統的な発酵食品を中心に食していくことです。簡素で豊かな食生活を日々の基本としていれば、どんなウイルスでも怖いものではなく、ありがたいものです。新型コロナウイルスは人間の本来の生き方を気づかせてくれているのです。
2020年5月28日 : 感染症の食養手当て法
 新型コロナウイルスが蔓延するといわれる社会からは多くの気づきが与えられます。
 戦後の社会は自由主義経済のもと、多くの国々で食糧が増産され飽食となり、工業製品も大量生産されて物質的に豊かになりました。車や電車、飛行機などの移動技術が向上し、石油などのエネルギーの効率化によって、人間は地球上のどこにでも簡単に行くことができるようになりました。おカネさえあれば人間はどこへでも行け、何不自由なくできるような、そんな錯覚を持てる社会を作り出してきました。自由主義経済は開放系社会を構築する上では、とても便利な社会システムであったのです。
 ところが、今回の新型コロナウイルスのような病原ウイルスがひとたび蔓延すれば、開放系社会だけあって、世界中が病原ウイルスに戦々恐々とさせられる社会でもあったのです。マクロビオティックを提唱した桜沢如一は、無双原理のひとつに「オモテ大なれば、ウラまた大なり」といっていますが、まさに今の社会も大きな自由というオモテのウラには大きな不自由というものがあったのです。いや、それだけではありません。現在の社会では、新型コロナウイルスで亡くなるよりもずっと多くの人々がガンなどの生活習慣病で亡くなっているのです。多死社会といわれて久しくなりますが、多くの人々が食と生活の間違いからくる病気で亡くなっているのです。
 感染症もその実態をつぶさに見ていけば生活習慣病といっても大きな間違いはありません。キレイな血液では病原ウイルスは繁殖することはないのです。むしろ、病原ウイルスは血液の汚れを浄化しようとしていると東洋医学では考えています。発熱するのは体の中で燃やさなくてはならない毒素があるのです。痰が絡むのは、体の中で白血球が病原菌や病原ウイルスを浄化し、その残りかすが痰として排泄されているのです。咳も同じように白血球の血液浄化活動の副産物が肺から熱を放散させているのです。
 食養ではこれらの症状を抑え込むのではなく、体の浄化反応に寄り添って、排毒を促し、新しい血液を造る手助けをしてあげるのです。例えば、発熱があれば、体の中で燃やさなくてはならない毒素があるわけですから、飲み物や食べ物でそれらの毒素の分解を手伝ってあげるのです。食養手当て法の発熱の排毒を促す一般的なものとして、シイタケスープや大根湯があります。干しシイタケの煮出した汁は体の中の不要な脂肪分を分解するのにとても役立つのです。大根もたんぱく質を分解する力が非常に強く、その力を最大限引き出す方法として大根湯があります。大根湯は大根おろしを主に、生姜おろしを少々加え、好みでしょうゆ味をつけて、熱々の三年番茶を注いだものです。三年番茶の代わりに椎茸スープを注いでもいいでしょう。
 痰の切れが悪い時は、玉ねぎや長ねぎ、ニンニク、ニラなどのネギ科の野菜を多用したらいいでしょう。ネギ類は五葷ですから、避けたい人は、生姜や胡椒、山椒なども痰の毒素のもとになっているものを解毒分解してくれます。
 咳においては、肺炎のような強い炎症が肺にある時は、胸からまたは背中から里芋パスターを貼るといいでしょう。里芋パスターを貼る前にキャベツや小松菜などの葉っぱを胸や背中に当ててみて気持ち良いようならば里芋パスターを貼ってみてください。キャベツや小松菜などが気持ちよくない場合は、お腹を湯たんぽで温めるだけでも咳が楽になる場合もあります。
 食に気を付けることは一見すると小さな(ミクロ)なことですが、食こそ命であると気づくと、食こそ大きな(マクロ)ことであると思い至ります。
 食に気をまわすことは一見すると不自由なことのようですが、食こそ命であると気づくと、食に気をまわさなければ自由はないと思い至ります。
 そんな気づきを与えてくれたのも新型コロナウイルスです。
2020年5月7日 : 感染症と動物食
 テレビ、新聞、インターネット、情報という情報から、新型コロナウイルスの地球規模での感染が広がっているようです。今のところ実体感なき感染というのが一般市民の率直な感想ではないでしょうか。ヨーロッパに何人か知人がいるので様子を聞いてみたのですが、みんな揃って自分たちの周りでは感染者はいないと言うのです。
 感染が広がってきているとはいえ、5.7現在で日本では感染者は約1.5万人ですから人口1億2千万に対して0.00012%、世界では約370万人の感染者ですから人口約70憶に対して0.00053%です。身近に新型コロナウイルスに罹患した人を見かけることはまずないというのが確率論から言ってもうなずけます。
 とはいえ、ひとつの感染症で病院に多くの患者が押しかけたら、世間で言われるような医療崩壊が起こってもおかしくはないでしょう。
 新型コロナウイルスの問題の底辺にあるのが私たちの生き方ではないかと思うのです。身体の症状が出たら何でも病院に行くという姿勢では病気は治るべくもないのです。病は本質的には自分で治す以外にはないのです。自らの治癒力を免疫力とも自然治癒力ともいいますが、この力を信じて高める以外に、病は治らないです。むしろ、病は身体を良くしようという働きで出ていますから、病という体の働きを邪魔しないことであるのです。
 今回は自然治癒力についてのことに触れるのではなく、新型コロナウイルスから今後の生き方を考えていきたいと思います。
 感染症が蔓延した歴史は枚挙にいとまがありません。天然痘は仏教伝来とともに大陸から日本に入ってきたとされ、奈良時代には平城京で大流行したといわれています。コロンブスの新大陸発見以降も様々な伝染病が旧大陸から持ち込まれ、先住民が壊滅的被害を受けたとも伝えられています。中世ヨーロッパがペストの流行で壊滅的状況に陥ったのも、主要国の都市同士で人の往来が活発化したところにアジアから菌が持ち込まれ、一気に広がったというのです。
 今回の新型コロナウイルスの広がりも世界の交流が活発になり、世界が一つになりつつある状況下で引き起こされています。私たちは、国や都市、そして私たちひとり一人が、さまざまな形でつながる開放系の社会の中で生きています。近年の歴史も開放系社会の構築そのものが歴史になっています。ウイルスを専門とする多くの学者は、感染症との戦いは開放系社会の宿命であると言っています。
 人と人の交流は気の交流であり、それが濃密になれば血液の交流になりさえします。
 開放系社会に暮らす私たちは、開放しても差し支えない、周りの人に振りまいても問題のない、そんな気を振りまかなくてはなりません。食養的に考えると気は血から生まれています。力(ちから)は「血から」といわれています。病原ウイルスが繁殖するような血液を持っていたら開放系社会では、個人の問題にとどまらず、社会全体の問題にまで広がってしまうことを新型コロナウイルスが教えてくれているのではないでしょうか。
 世界はひとつになりつつあります。以前紹介したようにウイルスは生命の進化を促すものです。世界がよりよくひとつになるためにウイルスは働いているのではないかとおもうのです。
 病原ウイルスが繁殖するような血液は、身土不二という自然を無視した食生活から造られる血液ではないかと私は考えています。今回の新型コロナウイルスの感染が拡大している地域をみると肉食が多いところであるのです。陰陽(無双原理)で見れば、陽性な人間と陽性な動物は結ばれないのです。生物学的には人間は動物ですから、植物に比べたら陽性です。その陽性な動物である人間が陽性な動物を食すことにはどうしても無理があるのです。感染症は動物食からの警告と言ってもいいでしょう。