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2018年10月7日 : ガンを克服する
 日本人の国民病になっているガン。庶民的生活をしていると誰でもガンになってしまうという現代の日本。これは本当に大きな問題です。
 庶民という響きには、平凡だからこそありふれた幸せがたくさんあって、幸せのひとつに健康長寿もある、そんなイメージを持てる、それが国としての本来のありかたでないかとおもうのです。ところが実際は庶民的生活をしていると誰でもガンになってしまうのですから、スグにでも庶民の食と生活を改めることが、政治の一番の務めであるのです。
 マクロビオティックは身土不二と一物全体を基本とした、世界の伝統に根差した食を中心とする生活法です。本来はダレでも実践できる食と生活法であるのですが、自然から乖離した農業が一般的になった現代では、本当に難しい食事になってしまっているというのが実情です。健康長寿の国を目指すのにマクロビオティックは欠かせないのですが、その食を実現するのに最も大事なことが自然な農業を再興することです。
 私たち一人ひとりは自然な農業から育まれた食物をいただくことが大きな革命につながる小さな行為であるのです。
 マクロビオティックが普及すれば必ずガンは減ってきます。二人に一人から三人に一人、四人に一人と徐々にそして確実に減ってきます。
 私はマクロビオティックの普及に関わり二十数年、縁あって多くの人の食生活改善に関わらせていただいています。マクロビオティックを実践する人は、現代一般の人に比べてガンに罹る率はずっと少ない。何パーセントと統計を取っていないのでわかりませんが、10パーセント以下であることは間違いないだろうとおもいます。しかし、ゼロではない。
 マクロビオティックを実践していて何故ガンに罹ってしまうのか?よく聞かれる質問です。
 ガンは、本来からだに入れてはいけない化学物質が蓄積し発症する病です。化学物質は生活の細部にわたって私たちの身の回りにありますが、最も大きなものが肉食から取り込まれる化学物質です。マクロビオティックを実践する以前に取り込んだ化学物質を上手に排毒排泄できないと、マクロビオティックを実践していてもガンになる場合があります。もちろん、マクロビオティックそのものの実践で身体はある程度キレイになるのですが、そのマクロビオティックの食事が陽性すぎたり、生活法としてのマクロビオティックが疎かであったりする場合が多いのです。生活法としてのマクロビオティックというのは、簡単に言えば掃除です。掃除が疎かであれば、私たちの体は本当の意味ではキレイになりません。掃除というのは、もちろん日々の家の掃除が基本になりますが、定期的な断食が塩断ちも体の掃除に含まれるのです。
 断食と塩断ちを年に数回でも断続的に行っているとガンに罹る率がさらにグッと下がります。いつかは今までの経験を数値に出して公表したいと思っていますが、断食と塩断ちを年数回でも習慣化した人の健康度は日々の食養だけの人に比べてものすごく高いのです。実際に、マクロビオティックを実践しながらもガンで亡くなった人を見ていると、断食と塩断ちができていなかった人が圧倒的に多いのです。
 断食と塩断ちも自然な農業と同じく、昔からの伝統的な生活法です。宗教は本来、昔からの健康長寿法を子孫に伝える役目としてあります。世界の伝統的宗教にはすべて断食があります。そして、塩断ちも日本の古来宗教・神道の行法のひとつであるのです。
 断食と塩断ちを国民運動として実践し、自然な農業があたりまえの農業となれば、ガンに罹る人はいなくなるとおもっています。
2018年9月25日 : 日本人とガン
 漫画ちびまる子ちゃんの作者、さくらももこさんがお亡くなりになりました。享年53。死因は乳がんだったようです。
 ちびまる子ちゃんはサザエさんに次ぐ国民的アニメです。老若男女、多くの人が知っている日本の代表的アニメのひとつと言っていいでしょう。それも、庶民感覚がリアルで、日本人の平均的な生活を面白おかしく描いています。時にシニカルに、冷笑の中に温かみのあるタッチが特徴のアニメです。その作者のさくらももこさんが乳がんで亡くなったというのは、ある意味において、日本人が普通に生活していると誰でもガンに罹るということを暗に示しているような気がしてならないのです。
 ガンは日本人の死因の第一位です。二人に一人がガンになると言われています。現代は日本人の国民病がガンと言ってもいいでしょう。
 さくらももこさんは1965年生まれ。昭和40年の生まれですから、高度経済成長が加速度的に進む時期に幼少期を過ごしています。ちびまる子ちゃんはさくらももこさんの子ども時代を投影して描かれていると云われます。高度経済成長期は庶民の生活、衣食住すべてにおいて、化学物質がものすごい勢いで入り出した時代でもあります。食においては欧米化した食生活が庶民のものとなっていくのはあまりに有名ですが、欧米化の食生活を下支えしたのが畜産業です。一般的な畜産業は、成長ホルモン剤や抗生物質などの化学物質がなくては成立しない農業なのです。ホルモン剤や抗生物質などの化学物質がなくては、安易に肉食はできないのです。
 必然、それらの食から私たちの体に化学物質も取り込まれます。実はガンという病は、これらの化学物質を排泄しようという体の浄化作用として表出していると、自然医学では考えているのです。ガンが私たちの体を蝕もうとしているのではなく、からだを浄化しようとしてくれているのがガンなのです。ですから、死因の第一がガンになっていますが、ガンそのもので人は死ぬのではありません。ガンの排毒症状に私たちの体力がついていかずに、多臓器不全になって人は死んでいくのです。
 ガンの排毒症状をうまく乗り切り、高度経済成長期以前の日本人が持っていた体の細胞を身に着けたならば、末期がんであっても、がんを克服することができるのです。
 ガンは体質改善を私たちに警告する自然治癒力そのものであるのです。社会や文明を大きく見れば、ガンは人類に生き方革命を促す、自然からの警鐘とも云っていいでしょう。私たちはガンを目前として生き方そのものが問われているのです。
 これからさらに有名人のガンによる死が公然となってきます。
 人類の気づきにはある到達点があります。多くの人がガンと食、ガンと生き方に共通点を見出し、ガンと肉食、ガンと化学物質に焦点が当たるようになれば、そこから社会は少しずつ変化していきます。むしろ、すでに社会は変化のただなかにあります。
 さくらももこさんのご冥福をお祈り申し上げるとともに、日本人の庶民生活の延長上にガンがあるという事実を認識し、社会がよりよく変化していく決意を改めて強くしたさくらももこさんの死であったことをお伝えしたいのです。
2018年8月31日 : 商いは飽きない
 「商いは飽きない」と云われます。商売をしていくうえで、売り手も買い手も飽きてしまうような商売をしていたら、その商売は続かない、ということを端的に言い表しています。しかし、この言葉は商売だけでなく、あらゆることに通じています。「商い」を仕事や夫婦に置き換えてもいいでしょう。勉強や部活、家事や育児、人が継続的に行っていくことであれば何でも置き換えることができます。
 人が継続的に行っていくことに「飽き」が来ることは必然と言えます。飽きは秋に通じます。秋の後は必ず冬が来ます。商売に飽きが来れば、次に来るのは冬の時代。商売は振るわず、冬の寒さで閉店を余儀なくされることも珍しくありません。冬の寒さを耐え忍んで何とか冬を乗り切れば、次には春が来ますから、商売も春の勢いに乗って成長していけます。
 飽きは秋であると捉えるだけで、人生は大きく違ってきます。春夏秋冬に終わりはありません。すべては巡りです。
 飽き(秋)の後には冬が来ますが、冬を乗り切れば春です。冬を乗り切る体力と気力を充実しておくことが、商売でも夫婦関係でも、勉強や部活動でも、あらゆることにおいて大事なことです。もし仮に冬を乗り切る体力と気力が無かったらどうするか? 冬を乗り切る体力と気力を冬の間につけるしかありません。大変なことであるのだけど、それしかありません。冬を乗り切る体力と気力は生命力そのものです。私はその生命力をつけるのに最も有効的なことが断食だとおもっています。正確には生命力を高める「はじめ」に断食があります。人によれば断食をしただけで生命力が高まる人もいますが、そうでない人もいます。そうでない人も断食をして腸をキレイにすると食べ物の生命力を吸収する力が最大限高まりますから、結果として断食が生命力を高める「はじめ」になるのです。
 よく考えれば、リスもクマもヘビも、冬は多くの動物が断食をしています。冬眠と称する断食で生命力を高めています。
 人間社会でも飽きが来ないよういろいろと工夫をしています。学校では小学校、中学校、高校と区切りをつけて、卒業式や入学式で心機一転、新たな門出を演出しています。入社式や研修もその一つです。結婚式や銀婚式も夫婦の門出になっているでしょう。もちろんそれらも十分吟味された素晴らしい行事ではあるのですが、それ以上に、飽きを解消するのは断食が一番です。
 自然界に目を向ければ断食は特別なことでなく、ごく自然なことであるのです。自然界の動物の仕切り直しと門出に断食があります。それは時に病気であったりもします。ですから、病というものは人生の「飽き」と言えるのです。
 断食そのものが改善になる人と、改善のはじめになる人、それぞれですが、飽きを打破するもっとも大きな一歩に断食があります。

2018年7月20日 : 観を育てる
 我が家の子どもたちは、夜、時に布団の上で大運動会をすることがあります。起きている間はもちろん、大騒動ですが、寝静まってからも一呼吸置いて大運動会がはじまることがあるのです。あっちへ行き、こっちへ行き、と部屋を一周することもあります。これはもちろん寝相のことです。
 普段はそれほど動き回らないのですが、時にもの凄い寝相で親の顔の上に足が乗ってくることもあります。
 数年前に観た芸者さんが主人公の映画がありました。その中で夜寝ている間中寝返りを打たずに微動だにしないよう寝相においても鍛錬する場面がありました。これは昼間の稽古で心身ともに力を出し切ったその結果として、質のよい深い睡眠の表層現象として寝ている間微動だにせず、ということがあらわれるのです。
 寝相も心身の浄化作用です。昼間溜め込んだ余剰エネルギーを夜寝ている間に無意識に発散しているのが寝相における動です。一方、心身ともに無理なく、無駄なく、ムラのない状態にあると寝ている間であっても微動だにしないのです。これは静。メリハリという言葉があります。これは陰陽の別名ともいえます。
 子どもたちは日中に十分に遊び疲れないと夜にその余ったエネルギーを寝相で発散させているのです。それが大人になると不眠症になってしまうのです。
 心身ともに「出し惜しみせず」その場その場でまさに一所懸命、ちからを使い切る。そうすると何よりも心もからだもスッキリして身が洗われる。力を出し切ることによってからだに滞っていたものが流れ出し、浄化されていくのです。さらにはカンが育ってくる。小さな子供であれば感が育ち、もう少し大きな子供であれば勘が育ち、大人であっても観が育ってくるのです。カンを育てるとは心身の浄化のことなのです。
 和田重宏さんの『観を育てる』(地湧社)という本があります。その中で「出し惜しみしない生き方は行き詰らない生き方の基本だ」とあります。食養的に解釈してもとても納得する言葉です。
 出し惜しみしないとはちからを使いきる、やりきる、ということであり、食とからだの関係の上では食べた食物を消化しきる、吸収しきる、排泄しきる、ということです。
 消化吸収、排泄がしきれない食物をからだに摂り入れているとからだはコリや痛みや痒みとなって生理的症状としてあらわれます。心理的にも怒り、恨み、妬みなどの心のコリとして表出するのです。
 「疲れ」というものを考えてみてもそうです。疲れは心身のコリです。ちからを出し切らない、発散しきらない、コリを解消しきらない、それが疲れの本当の原因です。
 熱い夏、ただそこに居るだけで汗をかくとおもいます。汗をかくと皮膚がベタベタして嫌な感じになることもあります。しかし、からだを充分動かし、汗をかききるととても清々しく、爽快感がでてきます。汗ひとつとっても「かききる」とコリがほぐれてからだが浄化されていくのです。
 陽性な人ではからだを弱アルカリ化させるお茶や椎茸スープや野菜スープなどを摂りつつ汗をかききることが重要です。一方陰性な人では梅干や梅生番茶、醤油番茶などの塩気を摂りつつ汗をかききると心身ともにすっきりします。
 行き詰るとは心身にコリがあるそのことを行き詰って教えてくれているのです。「からだと心にコリがあるよ」と行き詰り自体が教えているのです。行き詰まりは「生き詰まり」であり「息の詰まり」です。
 行き詰ってしまったら、呼吸という陰陽を調え、食の陰陽を調え、断食や塩断ち(無塩食)をして胃腸のコリをほぐすことです。何もしないことでからだの中では溜まった毒素を「排毒しきる」ちからが強くはたらきます。仕事にしても遊びにしても家事にしても子育てにしても「やりきる」こと、一方、からだの中では毒素を「排毒しきる」こと、それが行き詰らないコツであり、観を育てるコツであるとおもうのです。
2018年6月1日 : 共感と自然治癒力
 自然治癒力(免疫力)を高める最も大きなもののひとつに「他者との共感」があります。
 同じ病気の人同士が会って話をするだけでも、そこに大きな共感が生まれて、治る力を後押ししてくれます。体の病気だけでなく、同じ心の病気や同じ不安や心配を抱えている者同士の語らいも自然治癒力を高める大きな要素になっています。
人は他者と共感することで、不安で重くなった心を軽くします。心が軽やかになると、今の自分を俯瞰して見ることができます。自分自身を客観的に見つめることができると、今やらなくてはならないこと、やった方がいいこと、やれること、心身の整理がついていきます。
 世の中を見渡すと人は足を引っ張り合いながら生きている人もいますが、人は本来、人間同士、磨き合いながら生きていくことができます。人と人が切磋琢磨しあって生きていくということは、陰陽でみると中庸なことです。陰に偏ると妬み拗ねみが強くなり、陽に偏ると罵詈雑言(ばりぞうごん)を浴びせたり、暴力を振るったりすることさえある。陰に偏っても陽に偏っても、人は不安定になっていくのですが、他者との共感は陰陽の偏りを中庸へ戻すハタラキがあります。
 食養指導を通して多くの人と関わらせてもらうなかで気づいたことです。不安な心を持っていると、その行動は一見するとムダな動きが多いものです。面談や電話で食養相談をしていても、本人の不安が拭い去らないと、疑問質問が多いばかりで実践が伴いません。ところが合宿や個別指導を通して泊りがけで生活を共にすると、実際の食養生活を体験することと、合宿の仲間や私との共感が大きな後押しとなって食養生活が軌道に乗っていきます。
 「迷ったら行動」私の心がけていることのひとつです。家の中で、日々の生活の中で、指をくわえて待っているだけでは、人生は好転しません。人生は行動と実践のなかから好転していきます。
 私の所に尋ねてくる人の多くは、人生の迷いに直面した人たちです。私も人生の迷いをマクロビオティックに救われたのですが、思い返せば、後に師匠になる大森英桜との出会いからでした。大森英桜に出会ったことで、自分の志すマクロビオティックの強い共感が湧き起こり、人生の一歩を踏み出せたのです。大森に会いに行こうという行動が無かったら、今もドコかでさまよっていたか、早々にあの世に行っていたかしれません。人生はオモシロイものです。行動が人生を左右します。共感が生きる力を湧出させます。人はパンのみにて生きるにあらず。人は新しい出会いの中から新たな力が湧き起こってきます。