ライオンとゴリラの間

 「肉をやめたら体力がなくなって、結局マクロビが続けられなかった」という人が少なくない。前回のブログで登場した圧迫骨折の男性も親戚から「肉や牛乳を摂らないから骨がもろくなるんだ」と言われて不安になったという。
 戦後の日本は、動物食が増えても骨粗しょう症になる人が多いのであるが、動物性たんぱく質やカルシウムを摂らないと骨や体は造られないという栄養教育が多くの日本人にしみついてしまっている。そして、日本人は毎日のように動物性食品を食べるようになって60年以上が経つ。
 多くの人の食養指導をしてきて、現代の日本人は、ライオンほどではないが、肉食によって血液やたんぱく質を造る腸内環境になってきているのを感じる。では、このままライオンのような腸になって、肉ばかり食べたらいいのではないかという人がいるのだが、問題はそう簡単ではない。
 野生のライオンは毎日食事ができるわけでない。7~10日に一度しか食にありつくことができないという。むしろ、毎日肉食をしたら、腸をはじめとして臓器は疲弊してしまう。それよりなにより、肉食動物は寿命が短い。ライオンだけでなく、トラやチーター、ヒョウなども草食動物に比べたら寿命が短い。さらには、食物連鎖の関係で肉食動物が草食動物よりも個体数が多くなることは決してない。もしも人間が完全な肉食動物になったならば、肉食動物の宿命を同時に受け入れないとならない。
 マクロビオティックは菜食主義ではないが、菜食を基本とした生き方を勧めている。20世紀初頭にヨーロッパに渡った桜沢如一は、西欧の侵略思想が肉食から来ていることを看破した。侵略思想だけでなく、西洋人の多くの病気も、過剰な肉食に起因していることを突きとめた。そして、桜沢は西欧に日本文化を伝えつつ、日本の食養をマクロビオティックと称して西欧人に指導するようになった。フランスでは桜沢の功績に文化勲章を与えていることからもその活躍がいかに大きかったがわかる。ヨーロッパでは桜沢のことを「西洋人を助ける東洋人」と言われていたという。
 日本人の2人に1人が海藻からたんぱく質を造ることができる腸内細菌を持っているという研究がある。西欧人からはそれらの腸内細菌が見つかっていないという。これは、日本人が海藻をよく食べてきた証拠であり、肉食が少なかったという証でもある。
 ベルギーを拠点にヨーロッパ全土でマクロビオティックを普及した大西恭子さんは、西欧人に海藻を食べてもらおうとヨーロッパで海藻料理の研究をした。ベルギーのテレビでは「マダム海藻」として紹介されるほどであったという。肉食を減らすのに、海藻を食べる習慣をつけることは意味のあることである。大西恭子さんも桜沢先生の妻・リマ先生から薫陶を受け、リマ先生からの使命でヨーロッパでマクロビオティックの普及に励まれていた。
 霊長類最強といわれるゴリラは菜食である。葉っぱや果物ばかり食べて、180cm、200kgもの体を造っている。葉っぱや果物から血液やたんぱく質を造ることができる腸内細菌を有しているという。人間はライオンにはなれないから、菜食を極めてゴリラになったらいいのかというと、そういうことでもない。
 人間は本来の人間になったらいいのだ。人間の特徴は穀物を中心に生きていくことである。日本人はご飯(コメ)、みそ汁、漬物である。西欧人は地域にもよるが、フランスではパン、チーズ、ワインである。これらの伝統食で私たちの腸内細菌は活性化する。それが、現代の日本は、過剰な動物食と食品添加物、砂糖や人工甘味料、身土不二を離れた食品の数々で病気を多発させている。「肉を止めたら体力がなくなった」というのは、腸内細菌が変化しようとしたからなのだ。肉から血液を造るのではなく、おコメや野菜から血液を造るようにシフトしようとする移行期に私たちは一時的に貧血になるのだ。
 この移行期を上手に乗り切るのに、断食は大きな力になる。一時的に食を断つことで、体に蓄積した必要度の低いものが排泄される。そして、断食の明けの食事・回復食の時、乾いた砂に水をまくように、私たちの腸は回復食を吸収する。日本人であれば回復食に、おコメ、旬の野菜、海藻、本くず、発酵食品を食べることで、それらに相性のよい腸内細菌が棲みつく。この断食を習慣化すると、私たちは日本の伝統的な食生活で十分に血液やたんぱく質を造ることができる。ライオンでもなく、ゴリラでもなく、人間として生きることができる。