心と体の陰陽

 心と体は陰陽の関係だと思う。前回のブログで書いたように、心は陰性の力(冷、苦、煩、閑)によって鍛えられ、体は陽性な力(熱、重、動、忙)によって鍛えられる。
 しかし、多くの世界の人たちを見ていると、体を鍛えることが心を鍛え、心を鍛えることが体を鍛えている、という現象がある。
 昔から心身一如とか物心一如、文武両道などといわれる。心と体は相反するものでありながら、根は同一なるものであることを古人は感じていた証拠ではないかと思う。現に私たちの心の状態は肉体の状態にいかに同調していることか。大リーグで二刀流の活躍をしている大谷翔平は、ある記者から尋ねられたという。専属通訳から莫大な詐欺被害に遭い、精神的に参っている時であった。「大谷選手、今シーズンはメンタル的に大変だと思うのですが、どのように乗り切っていこうと考えていますか?」大谷はそれに対して「メンタルは基本的には無いと思っています。メンタルも体次第で、体の調子が良ければ問題ないと思っています」と答えたという。どの世界でも一流を極めた人たちは、心身一如を体現している。
 近年、腸は第二の脳と呼ばれ、腸内環境が脳に決定的な影響を与えていることがわかっている。
 マクロビオティックを実践すると、心と体は切っても切り離せないものだと実におもしろいように体感する。食べた物によって、体は陰に陽に変化するが、心も同じように陰に陽に変化する。
 果物や砂糖の入ったものを食べたら、鼻水が垂れてくるのはマクロビオティックを実践している人は顕著だ。心も湿って、ウジウジと煮え切らず、大事な決断をしなければならない時には、陰性食は要注意である。
 一方で、動物性の肉や卵を食べたら、体と心は極陽性になる。体にはコリや炎症などが起こり、心ではイライラしたり、他者を支配したくなったりする。
 心と体の陰陽を調和させるのに最も簡単な方法が中庸な食べ物を中心に食べることである。それが穀物である。穀物を表す禾(のぎ)に口(くち)と書いて和。私たちは穀物を食べることで自分の内側も外側も和んだ世界を創り出すことができる。東洋の端にある日本ではその穀物がお米(コメ)である。
 では、その穀物を安定的に生み出すにはどのようなことが必要なのであろうか?
 米作りをしていると何が大事であるかはスグにわかる。体力である。体に力が無ければ米作りはできない。とはいえ、自分一人の力では米作りはできない。周りの仲間と協力して田んぼに水を引かなければならない。我田引水では米作りはできない。
 ここにも陰陽がある。自分の体を鍛えることと、周りの人たちと協力していくこと、これも陰陽の調和ではないかと思う。
 桜沢如一は健脚でも知られていたようだ。強靭な精神力は強靭な足腰に宿るように思う。空海も法然も親鸞も、みな健脚だったようだ。キリストだって世界津々浦々を足で巡って健脚だったといわれる。足腰を鍛えることはこの地球の大地に根を降ろすことであり、結果として花を咲かせることなのではないかと思う。
 今、私たちは先人の歩いてきた道にあまりにも安々と乗ってしまっているのではないかと思う。私たちも先人が氣づいた体と心の一体性を足掛かりに生きるとすれば、足腰を鍛えて根を張り巡らさねばならない。今しっかりと根を張らずして10年後、20年後に花を咲かせるなんてことはできるはずがない。
 心身の病気においてもまったく同じことが言える。みずからの足で、みずからの手で病気を治していかなくては、一体ダレが治してくれるというのか?ダレもあなたの代わりに歩くことはできない。ダレもあなたに代わって病を治すことはできない。心身の健康と自由は自らだけが確立する術をもっている。
 コメ不足になりつつある社会にあって、今私たちは生き方を見直す最後の局面に来ているような氣がする。

体力と精神力

 ある時、大森英桜を知る人から一本の電話があった。
 「大森先生の精神力はすごかった。日本のガンジー、現代のガンジーという風だったね」という。私もその言葉に妙に納得し、大森先生の精神力にひととき想いを馳せた。
 電話越しに言われた精神力について、私は電話を切った後も頭から離れず、「精神力とは一体何なのか?」を考えた。
 精神は肉体や物質の対語であるが、肉体の力が体力であるのに対して精神の力は知力といえるのか。
 知力も精神力のひとつではあるが、すべてではないような氣がする。知識があることと精神が研ぎ澄まされていることは違う。精神というものは、もっともっと大きく不変なチカラを想起させる。
 私たちには知識の有無にかかわらず意志の力がある。思い描いたことを実現する実行力を伴った意志。意志の力は知識よりも精神に近づいているような氣がする。意志こそ精神の大きな発現であるような氣がするが、精神はもっともっと大きく広いものを含んでいるのではないか。
 オリンピックの花形競技に100m走がある。100mを如何に速く走ることができるかを競う。まさに肉体の極限を競う代表的な競技である。一方、100m走と並ぶ花形競技に42.195kmを如何に速く走り切るかを競うマラソンがある。長距離走の極限がマラソンであり、短距離走の極限が100m走である。
 これらの競技を見ていると、マラソン選手と100m走選手の体格の違いに大きな対比があり、おもしろい。スリムで締まった体つきのマラソン選手に対して筋肉隆々で大きな体をした100m走選手。持久力を競うマラソンに対して瞬発力を競う100m走。前者が陰で後者が陽という見方もできる。
 マラソン選手と100m走選手を比べれば陰陽となるが、マラソンよりも倍以上長い100kmを競う選手はマラソン選手よりもずっと陰性でなくてはならないのではないかと思う。100kmよりももっと長い距離、そんな競技はないかもしれないが、何万キロを走ったり歩いたりする競技があれば、その選手はもっともっと陰性でなくてはならないだろう。
 時間がかかればかかるだけ、その時間を持久する力こそが陰性の力である。早く走ったり歩いたりすることから、気の長くなるような道のりをゆっくりと歩むことはさらに陰性力が増さなければ続けることはできない。肉体の陽性に対して精神の陰性である。100mを如何に速く走ることは陽性の肉体の発現であり、何年も何十年もいや何百年も何千年もひとつのことをコツコツと続けてゆくことは陰性の精神の発現ではないだろうか。
 肉体を鍛えるには走ったり、重いものを持ったり、筋肉や骨に負荷をかけると肉体は強くなる。
 一方、心を鍛えるには物理的に陽性な刺激だけでなく精神的に陰性な環境に身を置くことが大事のようだ。
 ひとは閑に耐えることこそ辛く、難しいといわれる。冷、苦、煩、閑に耐えることは辛く悲しいことである。冷、苦、煩、閑は心身から見るとひじょうに陰性な状態である。この陰性な環境こそが陰性な精神を研ぎ澄ませるのだろう。肉体は陽性な負荷によって筋肉細胞が大きくなってゆくのに対して、精神は冷・苦・煩・閑の陰性な負荷によって、心の軸を一点に集中させることができる。
 肉体の陽と精神の陰が調和してはじめてヒトとなる。心身の陰陽が調和すれば、陰性な持続力と陽性な行動力が湧き起こって、思い描いたことが実現されてゆく。心身の陰陽の調和は、食物の陰陽調和を基本としている。陰陽さまざまな力は「血から」生まれている。そして、私たちの血液は食物から生まれる。陰陽が調和した食物こそが、心身の調和をもたらす。

一体全体

 「ひとりでいるとおかしくなりそうです」
 若い恋人同士の会話ではなく、まもなく古希を迎える男性から、こんな電話が時々かかってくる。
 骨粗しょう症から、腰椎骨折、大腿骨骨折、体の主な骨が折れているわけだから、生活もままならない。動くのもやっと。身よりなく、東京のアパートでひとりひっそり暮らしている。
 食養指導30年、多くの人に寄り添ってきて思うのは、人の幸せというのは、全体性の獲得にあるのではないか。
 人の幸せをぐるりと見渡すと、人と人、人と集団、人とモノ、それらの結合に喜びがある。結婚、入学、就職、収穫、収入など、喜びの多くが結び合うことにある。陰陽でみれば陽性なことに喜びがある。一方、離婚、退学、リストラ、不作、借金など、うまく結び合わず離れていく、陰性なハタラキに悲しみと嘆き伴うことが多い。結び合うことが陽性で離ればなれになることが陰性である。
 そしてまた、人生をぐるりと見渡すと、どちらか一方だけしか経験しないという人はいない。多くの人がみな、陰陽両方の経験を、だいたい同じくらいしているものだ。むしろ、陰陽両方を経験してこそ、人間として豊かになっていき、人間力が高まる。喜怒哀楽もまた陰陽である。
 一人の人間の健康も、社会や組織としての健康も、みな同じである。一つで全体を体現しているかどうか。一人の人間は手足の隅々まで血液がしっかり流れているか。組織や団体は、一人ひとりが活性化しているかどうか。一体が全体を獲得しているかどうか。
 ひとりで生きていても孤独でない人は、多くはないが存在する。そんな人をみていると、一人であっても全体性を獲得している。
 ひとりでいると気が狂いそうになる男性も、全体性を獲得したくてそのような感情が出てくるのだ。私たちの欲求や感情というものは命の全体性の獲得のために発動されている。この全体性というものが、中庸ではないかと思う。
 私たちは本来、存在そのものが中庸である。
 命が生まれたということは、陰陽両方をエネルギーが結び合わなくてはならない。不妊の相談を受けていると、陰に偏っても陽に偏っても妊娠しないことがよくわかる。出産だってそう。陰のハタラキと陽のハタラキがなければ、無事なお産にならない。
 一体全体、私たちはそこに向かって生きているような氣がする。
 10月25・26日、マクロビオティックわの会主催で、国際交流会が開催された。収穫の秋に行われた国際交流会では多くの収穫があった。それは、世界のマクロビオティックの一体全体性に大きく近づいた!
 マクロビオティックという言葉そのものが一体全体という中庸をあらわす言葉だが、その実現に大きな一歩を踏み出した。
 マクロビオティックは世界の伝統的な食と生活が基本にある。そこに、環境の変化、関係性の変化に対応した柔軟的な生き方がマクロビオティックである。世界各地に住む人々が、触れ合い、交流することで生まれるエネルギーはまさに一体全体、陰陽を大きく孕んだ中庸を体現していた。
 それを実現させたのは、わの会の実行委員の一人ひとりの陰陽が調和していたからだと、あらためて思った。すばらしいハタラキだった。陰に陽に氣が巡っていた。
 人間や組織の離合集散は陰陽の一面だが、それを越えて、一体全体・中庸がそこにはあった。国際交流をへて、命の全体性・中庸性を感じる素晴らしい空間であり時間となった。空間と時間も陰陽であるから、空間と時間の交わる間を「いま(間)」というが、その間も絶妙であった。
 この共感と協調の「いま(間)」を創り出したのは、穀物を中心としたマクロビオティックの食生活ではないかと思う。洋の東西では、東の米に対して西は麦であるが、西洋においてもさまざまな理由で米を食べる機会は増えている。現代ではグルテンフリーが大きな起爆剤になっているが、元を辿ると、桜沢如一や久司道夫のマクロビオティックの普及が基盤になっている。
 来日したマクロビオティック実践者の多くはコメをよく食べている。それは顔をみればわかる。私たちは食べ物のお化けだから、コメをよく食べていると、西洋人であっても本来の東洋人のようになってくる。
 さらに、コメとムギは同じイネ科(禾本科)で遺伝子の共通性も実はものすごく多い。コメ文化とムギ文化はそれぞれ特異性も多いが、共通性も多い。このイネ科の穀物を主とする人たちは、平和で調和のとれた生き方ができる。禾を口にしている人々だ。
 マクロビオティックの平和活動は、ひとことで言えば「穀物を主に食べる」に尽きる(しかし、過去に肉食をたくさんしてきた人たちは、その分解に野菜や香辛料、場合によると果物を、穀物よりもたくさん摂る必要のあるひとも多い)。私たちは穀物の種を食べるわけだが、種は一粒全体、根、茎、葉、花、そしてまた種と、すべての要素が含蓄されている。
 全体性そのものである穀物を食べていたら、私たちは自他の区別のない、自他一体、一体全体の生き方ができるのではないか。
 食養の日々の実践は小さな一歩だが、そのコツコツとした歩みは大きな一歩に繋がっていく。それもまた一体が全体に繋がることである。
 「ひとりでいるとおかしくなりそう」な人は、自然との繋がりを取り戻すことである。それは、食からであり、人からであり、生活からである。

美しさとは何か

 「鏡よ鏡よ鏡さん、世界で一番美しいのはダレ?」
 「それは白雪姫」という有名なフレーズがある。
 そもそも本当に美しい人は、鏡(他者に)にそんなこと聞かない、とツッコミたくなるが、人のサガでもあるから、わからないでもない。
 末娘が小学校に上がって間もない頃、私に「お父さん、世界で一番好きな人はダレ?」と聞いてきた。私は「家族のみんな世界で一番好きだよ」と答えたら、「○○兄(長男)は○○ちゃん(末娘)だよって言ったよ!」
 コノヤロー、いつの間にそんなワザを覚えた~、と高校生(当時)の長男にしてやられた。聞かれる鏡の器次第で、この世は平和にもなるし、大変な事にもなる。
 美は魔物であると、どこかのダレかが言っていた。羊が大きいと書いて美、ともいわれるが、大きいことはいいことだ、というのも魔物的である。ただ、美が非日常的な魅惑の世界にあってほしいという人間の心情もよくわかる。
 版画家の棟方志功(1903~1975)はふくよかで丸みのある女性を美の象徴としたが、現代女性の美(意識)はずいぶんとスリムなような氣がする。時代や人によって、美の感性は大きく違う。江戸時代までの美人と現代の美人に大きな違いがある。明治以降、外国との関りが大きくなって、私たちの意識に大きな変化があったことは想像に難しくない。特に戦後は、経済大国として市場化した日本は、美とビジネスが結びついた。美しさはビジネスを活発化させる一つのツールになってしまった。そんな中で、明治以降に生まれた棟方志功が江戸時代以前の女性のふくよかさを日本人女性の美の原点と捉えたのは、食養を後世に残した石塚左玄や桜沢如一の感性と通じるところがある。
 食養指導に関わり早30年、思えば陰に陽にいろいろな人に関わってきた。そんな中で、「美人とは陰陽が調和された人」だと思う。顔の左右や上下が調和的な人は健康である。実際に、脳梗塞や脳出血などで脳の病気が出現すると顔の左右に歪みが出ることが多々ある。脳だけでなく、体の臓器に異常が出ると顔に問題が出てくる。望診は顔と体の状態を統計的に観てきた学問でもある。千年以上続く東洋の代表的な診断法でもあるのだ。
 顔かたちだけでない。生き方も陰陽が調和された人が美人ではないかと思う。桜沢如一は健康の七大条件で「万事スマート」という条件をつけている。スマートというのは、「美しい」ということであり、周りの人によい氣を与えることである。見ていて清々しい、楽しいというのもスマートだと思う。
 自分の美しさにこだわるあまり、周りに不愉快な氣をまき散らしているのは、どこをどう切り取っても美とはいえない。自分のことはそっちのけで周りに尽くした人生は、それが泥まみれであっても、それ以上に美しいことはないと思う。
 アフガニスタンの地で土まみれになって現地の人の生活の向上に命をかけた中村哲の生き方こそ美しい。東洋医学の叡智を西洋人に理解させようと、アフリカで泥まみれになりながらあえて熱帯性潰瘍を患い、それを食養療法で治した桜沢如一の生き方こそ美しい。
 マクロビオティックは命を大きく観た生き方・あり方である。美しいという感性を大きく観たら、多くの人に喜ばれるような生き方そのものが美しいのではないかと思う。

心と体の陰陽

 心と体は陰陽の関係だと思う。以前にも書いたように、心は陰性の力(冷、苦、煩、閑)によって鍛えられ、体は陽性な力(熱、重、動、忙)によって鍛えられる。
 しかし、多くの人たちを見ていると、体を鍛えることが心を鍛え、心を鍛えることが体を鍛えている、という面が多分にある。
 昔から心身一如とか物心一如、文武両道などといわれる。心と体は相反するものでありながら、根は同一なるものであることを古人は感じていた証拠ではないかと思う。現に私たちの心の状態は肉体の状態にいかに同調していることか。近年、腸は第二の脳と呼ばれ、腸内環境が脳に決定的な影響を与えていることがわかっている。
 マクロビオティックを実践すると、心と体は切っても切り離せないものだと実におもしろいように体感する。食べた物によって、体は陰に陽に変化するが、心も同じように陰に陽に変化する。
 果物や砂糖の入ったものを食べたら、鼻水が垂れてくるのはマクロビオティックを実践している人は顕著だ。心も湿って、ウジウジと煮え切らず、大事な決断をしなければならない時には、陰性食は要注意である。
 一方で、動物性の肉や卵や魚を食べたら、体と心は陽性になり、食べ過ぎたら極陽性になる。体にはコリや炎症などが起こり、心ではイライラしたり、他者を支配したくなったりする。
 心と体の陰陽を調和させるのに最も簡単な方法が中庸な食べ物を中心に食べることである。それが穀物である。穀物を表す禾(のぎ)に口(くち)と書いて和。私たちは穀物を食べることで自分の内側も外側も和んだ世界を創り出すことができる。東洋の日本ではその穀物がお米(コメ)である。
 では、その穀物を安定的に生み出すにはどのようなことが必要なのであろうか?
 米作りをしていると何が大事であるかはスグにわかる。体力である。体に力が無ければ米作りはできない。そして、コメを食べると力が出る。
 引きこもりの人たちをみていると、ほとんどの人がコメよりパンやメンがいいという。家にひきこもって動かないとコメを噛む力が衰え、菓子パンのようなやわらかいパンやツルツルと飲み込めるようなメンばかりになり、さらに咀嚼力がおとろえるという悪循環に陥る。
 日本人は米を作り、コメを食べることで体と心を養ってきた。日本の国技の大相撲は田んぼ作りから始まった。田んぼには硬盤といって、土中30~40cmほどのところに保水のために土を硬く踏み固める。それはまさに土俵づくりと同じである。小柄で軽い人が行うよりは、大柄で重い人がやった方が効率的である。その硬盤作りに駆り出された人たちがその力をより増させるために相撲をとりだしたのだ。
 とはいえ、自分一人の力では米作りはできない。周りの仲間と協力して田んぼに水を引かなければならない。我田引水では米作りはできない。
 ここにも陰陽がある。自分の体を鍛えることと、周りの人たちと協力していくこと、これも陰陽の調和ではないかと思う。
 桜沢如一は健脚でも知られていたようだ。強靭な精神力は強靭な足腰に宿るように思う。空海も法然も親鸞も、みな健脚だったようだ。キリストだって世界津々浦々を足で巡って健脚だったといわれる。足腰を鍛えることはこの地球の大地に根を降ろすことであり、結果として花を咲かせることなのではないかと思う。
 今、私は先人の歩いてきた道のりにあまりにも安々と乗ってしまっているのではないかと思う。私たちも先人が氣づいた体と心の一体性を足掛かりに生きるとすれば、足腰を鍛えて根を張り巡らさねばならない。今しっかりと根を張らずして10年後、20年後に花を咲かせるなんてことはできるはずない。
 心身の病気においてもまったく同じことが言える。みずからの足で、みずからの手で病気を治していかなくては、一体ダレが治してくれるというのか?ダレもあなたの代わりに歩くことはできない。ダレもあなたの代わりにお米を噛むこともできない。ダレもあなたに代わって病を治すことはできない。心身の健康と自由は自らだけが確立する術をもっている。
 コメ不足になりつつある社会にあって、今私たちは生き方を見直す最後の局面に来ているような氣がする。

一日一生

 だいぶ前の話しだが、ある地域一帯でほとんどの学校に泥棒が入って、大規模な被害があった。そんな地域の中でたった一校だけ、泥棒に入られずに、被害にあわなかった学校があったという。
 どんな学校だったのだろうか。
 貧乏学校で、今にも潰れてしまいそうな学校だったのだろうか。
 その後、泥棒は捕まり、真相が明らかになった。泥棒は盗みに入る前に、それぞれの学校を綿密に調べていたという。建物の様子、先生や生徒のようすまで詳しく調べてから盗みに入ったという。そして、一校だけ盗みに入らなかった理由を刑事が聴くと、その泥棒は「あそこだけは入れなかった」と言ったというのだ。あの学校だけにはどうしても足を踏み入れることができなかった、というのだ。
 下調べでそれぞれの学校を巡った時、その学校の生徒にヒミツがあったという。盗みの被害から免れた学校の生徒たちは、何とも清々しい言葉で「おはようございます」「こんにちは」と誰ひとりの例外なく、泥棒に挨拶をしていたという。もちろん生徒たちは泥棒を泥棒と把握していたわけではない。どんな人にでも笑顔で挨拶する習慣がついていたのだ。その様子を目の当たりして、泥棒はどうしてもその学校だけには盗みに入ることができなかったのだ。
 「芸は身を助ける」というが、「笑顔と挨拶は人を救う」というのは大げさではないような氣がする。
 多くの人は、生きるならばよりよく生きたいと心のどこかで思っている。よい氣を発して生きていきたいと思っている。
 笑顔は人を癒す。言葉は人を救う。もちろん逆もある。仏の道でも笑顔は最高のお布施という。和顔施(わがんせ)。笑顔と挨拶は、植物にとっては花のようなもの。きれいな花を咲かせるには、キレイな土と水、自然な光が必要である。笑顔と挨拶がまわりの人たちを癒し救うことができるかどうかは、日々の食と生活にある。
 笑顔とよい言葉が自然に出てくるようになるには、一日一生という生き方ができるかどうかではないかと思う。朝起きたら、今日もまた命をいただいた、と感じられるかどうか。朝日を拝んで、今日もまた生まれ変わったと感じられるかどうか。
 体と食の関係において、「その日暮らし」が最高である。その日に食べたものはその日のうちにしっかりと消化してしまうことである。前の日に食べたものが次の日に残っているようでは、朝はパッと起きられないどころか、何がしかに理由がついて不平と不満があらわれる
 不平不満は体の中に未消化物が残っているというシグナルでもある。さらに、今食べているものの不消化物だけでなく、過去に摂って蓄積していた老廃物も未消化物と同じような作用をする。むしろ、過去のものの方が、なかなか代謝(解毒排毒)できなかったわけであるから、体と心への作用は強い。そのような不平不満はある意味、排毒反応でもあるから、体がしっかりとキレイな状態にならないと一日一生の生き方は難しい。
 心の鍛錬だけで一日一生の生き方を実現する人が中にはいるが、そういう人は毒素の蓄積が少なかったのではないかと思う。両親祖父母からの健康の貯金がたくさんあったのだと思う。
 体と心はひとつであるから、心身一体の取り組みをしなくては本当に一日一生を実現できるものではないと思う。
宮崎アニメに「借り暮らしのアリエッティー」という映画がある。小人のアリエッティー家族は人間の住む家の縁の下に借り住まいしている。
 私たちもダレひとりの例外なく、この土地を一時的に借りて住まわせてもらっているにすぎない。自分の土地と建物だと主張しても、地球の歴史からみれば借りているにすぎない。一時的にお借りしているという心が湧きおこってくるかどうかも一日一生の心につながるような氣がする。

新しき世界へ

 先日、久しぶりに赤ちゃんとじっくり触れ合う機会があった。健康な赤ちゃんを見ているとホントにシンプル。お腹が空いたとき、眠い時、ひとりで淋しい時、おしめが濡れた時、赤ちゃんが泣く時は本来、これだけである。お腹が満たされていて、眠くなく、周りの人たちと楽しく遊べて、おしめがきれいだったら、赤ちゃんはニコニコしているものである。
 食べて、寝て、遊び、排泄することが命の根源であるのだが、大人の生きている社会はずいぶんと複雑怪奇なモノへと変容してきた。食べて、寝て、遊び、排泄するというシンプルな生活からかけ離れ、仕事をする、税金を納める、人間関係に悩む、病気に悩む、お金に困るなど、大人の問題は数えがあげたらキリがない。
 さらには、食べて、寝て、遊ぶ、排泄すること自体が順調にいかない人がいかに多いことか。摂食障害、不眠症、人間関係に悩む、排泄障害も陰陽さまざまある。
 本来はこの4つはすべて気持ちの良い、悦びに充ちたものである。食べることの喜び、寝ることの気持ち良さ、遊ぶことの楽しさ、排泄することの快感、人間は本来、知っているはずである。それがいつの間に、苦痛に変わっていってしまうとは一体ナゼなのだろうか。今では子ども達でさえ、本来はよろこびに溢れた4つの生理活動が苦痛に感じる子もいる。
 子どもでさえ、この4つの生理活動がうまくいかないということは、今の社会が命の本質から乖離していることを、如実に示している。この状態が続くということは、人間から組織まで完全な疲労を起こしているのではないかと思う。制度疲労を起こしているといってもよい。不登校の子ども達が増え続けているということもその表れのひとつだろうと思う。
 陰陽というメガネで見ると、陰は陽になり陽は陰になるのが自然な流れである。疲労を起こしたものは必ず休息に向かう。今は、人間から組織まで、十分な休息が必要ではないかと思う。休息の根幹は、五感を休ませることである。胃腸と脳をゆっくり休ませることである。
 夜は必ず明けて日が昇るように、私たちの体と心もしっかりと休むことができたら、元氣を取り戻すことができる。私は20年以上食養指導一筋にやってきたけれど、胃腸がしっかり休むことができたら、生命力は必ず復活する。胃腸を休めて生命力を回復してきた人たちを数多く見てきた。断食や食養は、胃腸を休めて生命力を回復させるのだ。
 そして、もっと大事なことは、これからは生命力が喜ぶ社会を作っていくことである。断食や食養で生命力を回復させても、その後にまた疲労感満載の社会に戻っていくのであれば、まさにいたちごっこ、また同じことの繰り返しである。
 子どもの遊びに疲労がないように、学業も仕事も、充実感のある疲れはあっても、疲労がないような生き方でなければ、社会は続かないだろうと思う。理想的な絵空事ではなく、本当に生命力が湧いてくるような働きを探求していくことである。桜沢如一は「好きなことを心ゆくまでタンノーするのが人生」といって、それを自身でも実践した人である。私もそれにすっかりほだされて、そんな人生を歩んでいる。お陰様で365日、休むということはないけれど、ホントーに疲れをしらない。 
 不登校になっている子ども達だけではない。家に引きこもっているニートと呼ばれる人たちだけではない。多くの子どもと大人が、イキイキと生きていけるそんな社会を実現するには、やはりその国の伝統的な食べ方と生き方をもう一度見直すことである。「食が正しければ人もまた正しい」食養の開祖・石塚左玄の言葉である。食養という伝統的な食生活に変わっていくことが生命力を復活させて、新しい世界への大きな一歩になることだろうと思う。

ハジメあればオワリあり(その2)

 歯車が上手く回らない時というのは何をやってもうまくいかない。こくさいやを始めた当初、自然農法にこだわった食材を揃えるのに苦労した。父の天恵の里では、元々自然養鶏をしていたから、自然栽培の野菜を何種類も作っていたわけではなかった。数件の農家さんからの仕入れでは店の棚はいっぱいにならず、大田市場で唯一自然農法産の野菜を扱っていた問屋さんに週に3回仕入れに行っていた。練馬から大田市場まで早朝の時間だと車で片道1時間くらいだったので、週3回は朝3時にこくさいやを出て野菜を仕入れていた。夜7時まで店を開けていたから、睡眠時間はかなり短かった。休日の日曜は宇宙研の行事がほとんど入っていたので、20代の頃はお盆と正月以外は休んだことなかった。それでも好きなことをしていたので、ストレスに感じることはなかった。しかし、体には疲れが溜まっていたのだろう、車の運転中に何度か寝てしまうことがあり、事故を起こしたこともあった。大きな事故にはならなかったのが幸いだった。
 「若い時の苦労は買ってもせよ」といわれるが、そんな意識でやっていたわけではないが、結果そんなだった。若い時は陽性であるのが自然なのだろう。陽性さというのは、よく動き回る。ムダな動きも多い。それでも若い時というのはそのムダが大いに勉強になる。歯車が上手く回らない時は、なぜ回らないのかをよく考える。それが大事だと思う。毎日が反省でいっぱいだった。それでも楽しかった。
 「こくさいや」という名前は、編集者の橋本京子さんのアイデアだった。「穀菜食」は「国際食」にかけての名づけだった。橋本京子さんは一慧先生の大ヒット作『からだの自然治癒力を引き出す食事と手当て』(サンマーク出版)の生みの親だった。センス抜群のネーミングだった。橋本京子さんにも心から感謝している。
 こくさいやを初めて数か月たった時、石原順子さんという方にアルバイトに来てもらった。ホントに安い時給だったが、素晴らしい働きをしてくれた。主婦の目線で野菜や商品を陳列してくれたり、接客してくれた。売上がなかなか伸びなかったので、かなり遠くまで配達に行ってもいたから、帰りが遅い時には遅くまで店番もしてくれた。石原さんがいなかったらこくさいやは25年も続けられなかったと思う。
 その後に、今の店長の山澤さんが入ってきて、あの勢いでバリバリ仕事をしてくれた。最初の頃は娘さんが小さかったのでパートタイムだったが、娘さんが大きくなって時間ができたら社員になってくれた。
 雑誌オレンジページで紹介してもらってから店の経営は順調になり、当時の店舗では手狭になって、引っ越しすることにした。それが平成15年(2003年)だった。新店舗(現在の店)では2階をフリースペースとして、毎月食養の勉強会をするようになった。食養相談にもより力を入れるようにした。体の陰陽に合った食養はそれは大きな力を発揮するということを経験を通して知ることとなった。私自身はその食養指導が高じて、郷里に戻って和道を開くことになった。それが平成24年(2012年)で、前年の東日本大震災も本格的な食養指導をする必要性を強く感じた出来事であった。
 その後、こくさいやで柱として働いていた田村竹遼さんも田舎での農的暮らしを志して長野へ移住し、山澤さんが店長となった。そして、平成26年(2014年)に大森一慧先生の長男・英藤さんと次男・登希義さんが宇宙研の経営に加わることになった。平成28年(2016年)末には、宇宙研を休会し、私たち役員も大森先生ご家族を除いて全員役員を退いた。
 そこからは山澤さんの孤軍奮闘だった。震災前、社員5名、バイト5名でやっていたのを最終的には社員は山澤さんだけになったから、山澤さんは大変だった。昼も夜もなかったと思う。そんな状況だったから、今回、山澤さんが経営者になって新たな店を始めるのは自然の流れだったような氣がする。(つづく)

ハジメあればオワリあり

 「磯貝さん、自然食品店を経営してみない?」と声をかけられたのが、1999年の暮れだった。ノストラダムスの大予言が外れて、ホッとしていた時だった。
 1996年に大森英桜に弟子入りしてから、大森が会長をしていた宇宙法則研究会(宇宙研)で働いていた。当時はまだ、宇宙研は法人化しておらず、任意の団体だった。私は大学(夜学)を卒業して出版社で仕事をしながら、宇宙研ではボランティアとして働いていた。そんな中、宇宙研の委員だった石田英湾と話している中で、出版社を辞めて宇宙研で本格的に働くことになった。その際に、宇宙研も法人化しようという話しになり、利益追求をしない、お金のかからない法人化ということで、合資会社という形になった。
 宇宙研の法人化と一緒に、「こくさいや」を運営することになった。「こくさいや」は「ななくさ」という自然食品店を譲り受けて始まった。宇宙研の普及活動で全国の自然食品店を私が歩いて回っている時、練馬の「ななくさ」に寄り、「ななくさ」を経営していた橋本政憲さん夫妻と知り合いになった。橋本夫妻は「ななくさ」を経営して6年、そろそろ一線から退き、田舎に引っ越しをしようと考えていた。
 「ななくさ」は元々、松田のマヨネーズを作った松田さんが1980年頃に作った自然食品店だった。松田さんは自然食品店の草分け「天味」での仕事を経て、独立した。「ななくさ」で扱っていた有精卵で手作りマヨネーズを作って販売したところ、それが大好評になり、埼玉の神川町に移住しマヨネーズ工場を作った。今は松田さんの娘さん夫妻が経営を引き継ぎ、松田のマヨネーズ(ななくさの郷)を作っている。
 松田さんが埼玉に引っ越す際に、橋本さん夫妻が「ななくさ」の経営を引き継いだ。橋本政憲さんは「ななくさ」を経営する前、日本CI協会の事務局長をしていた。当時の雑誌「新しき世界へ」の編集長も兼務していた。橋本さんのCIでの功績は大きく、書籍も何冊か出版されている。月刊誌「新しき世界へ」も面白く、会員数は橋本さんが編集長をしていた時が一番多かったようだ。石塚左玄から始まる食養の系譜をまとめたのも橋本さんだった。大森先生の代名詞にもなった「半断食」も、「半断食」と名付けたのは実は橋本政憲さんだった。
 橋本さんから「ななくさ」を引継ぎ、「こくさいや」に改名してマクロビオティックの専門店として店をはじめたのが2000年9月だった。動物性食品、砂糖類(黒砂糖や甜菜糖も)は一切なし、松田さんには申し訳なかったがマヨネーズも扱わなかった。その代わり、野菜は自然農法にこだわり、食材は世界一のものをそろえた。そして、大森先生から学んだ食養指導を店の柱にした。
 今思えば、本当に理念先行の店だった。最初の月の売り上げは最悪だった。開店セールをしたにも関わらず50万円ほどだった。最初の開店セール3日間はそれなりにお客さんは来てくれたが、その後は、本当に閑古鳥が鳴いていた。それでも、開店セールに来ていただいたお客さんには感謝感激だった。その時に来ていただいたお客さんで今もこくさいやで買い物をしてくれている方がいるから本当に言葉にあらわせないくらい感謝している。そういったお客さんに支えられてきた。
 開店後、なかなか黒字にならなかった。一年間やってみて赤字が数百万になっていた。宇宙研で経営をしていたが、大森先生ご夫妻には迷惑かけられなかったので、私の会社員時代に貯めていた200万と石田先生に借りた200万を元手に「こくさいや」を始めたが、その資金も底をつきそうだった。そんな時、雑誌オレンジページの取材が舞い込んだ。「玄米がおいしい」オレンジページの別冊ムックで「こくさいや」を紹介してくれた。
 「玄米がおいしい」が発売されるやいなや、問い合わせが相次いだ。1年で2000件近い方々からカタログを送ってほしいという連絡があった。石の上にも三年、といわれるが、2年目の後半には赤字もなくなり、3年目には黒字化することができた。本当に運がよかった。(つづく)

マクロビオティックと即効性

 アトピーのある人がステロイドを使うと症状がすぐにおさまることはよくある。痛みや痒みを抑えることは西洋医学では得意である。西洋医学で使われる薬の多くが即効性のあるものが多い。頭痛、腹痛、不眠、痒みなど、即効的に症状をおさめるのが西洋薬の特徴のひとつである。
 一方で東洋医学の薬は、即効性よりもジワジワと効いてくる遅効性を特徴としている。一般的に、即効性のある西洋薬(化学薬品)は副作用が強く、遅効性を特徴とする漢方薬(生薬など)の副作用は弱いといわれる。化学薬品は症状を抑えるのに対して、漢方薬はじっくりと体質を改善する方向に導く(方向性が間違っていなければ)。
 では、マクロビオティックの治療的側面において、症状に対してどのような対処法があるのか。
 発熱や頭痛には第一大根湯やシイタケスープ、腹痛には梅生番茶やくず湯、そして生姜シップ、これらは食養の手当て法ではオーソドックスである。この効果は、驚くほど速い。頭が割れるように痛かった人が、シイタケスープをガブガブ飲んだら、すぐに痛みが消えたということも珍しくない。強烈な腹痛でも、お腹に生姜シップを2時間位じっくり行ったら痛みがウソのように無くなったということもよくある。食養の手当ては、症状の根本原因にアプローチする。そして、その根本原因が少しでも減れば、症状は改善する。
 そして、その根本原因を造る私たちの体を徹底的に改善すれば、本当に治療に導くことができる。私たちの体質を造るもので、私たちが改善できるものは、まずは食である。私たちの細胞は食べものからできている。食べものが変われば細胞も変わり、体も変わる。しかし、数日や数か月で変わるものではないから、数年かかり、体質改善においては決して即効性があるとはいえない。ただ、着実に食が変わると体が変わる。
 マクロビオティックにおける根本的かつ即効的治療法に断食がある。一時的に食を断つことで私たちの体は劇的に変わる。
 桜沢如一はヨーロッパで断食(七号食)の実際の効果を報告している。「奇跡の10日間」という断食(七号食)の効果である。ヨーロッパ各地から集まった人たちとの断食(七号食)合宿で、たった10日間の合宿にかかわらず多くの病気が改善したという。リウマチ、心臓病、糖尿病などがたった10日間で劇的に改善したというのだ。
 大森英桜も「あらゆる病気を10日で治す」と言って、難病者を10日間で改善した話しを時々語っていた。実際に私も、10日間で症状が劇的に改善した人を、大森の付き人をしている時に、直接お会いして話しを聞いたことがある。
 その後、私も和道をはじめて食養合宿(断食合宿)を開催してみて、短期間(3~6日間)で症状が改善した人たちを数多くみている。脊柱管狭窄症で歩くことがままならなかった人が普通に歩けるようになったこともある。腎不全でお小水がほとんど出なくなった人が腎臓の働きが戻りお小水が出るようになった人もいる。ここ最近では、コロナワクチンの副作用で髄膜炎になった人が、痛みとこわばり、難聴がたった数日の断食と手当てで消えたこともある。本人は喜び、一緒に合宿に参加した人たちは驚きを隠せないでいた。
 マクロビオティックにおける即効性は、断食と食養手当てによってもたらされていることを、私はこの十数年の活動で確信している。そこには、症状の陰陽を把握することがまずは必要である。その上で、体の陰陽に合った断食と食養手当て、そして回復食が重要である。その間、体を動かし、深い呼吸をして、食養手当て法で体を芯から温めること。それを安心した状態で取り組むことである。これらが組み合わされば、いわゆる奇跡が起こることは必然である。
 病というものは私たちの体を治す働きとして出ている。その治す働きを邪魔せず、自然に沿ってあげるだけでいい。